サン・シモンとは?

『アンリ・ド・サン=シモン』より : その家柄はシャルルマーニュの血統をひくというフランスでも高位の貴族の末裔である。パリに生まれる。宮廷人として必要な教育と軍事教練を経て、16歳でラファイエットの義勇軍の士官としてアメリカ独立戦争に参加し、合衆国の産業階級の勃興に感銘を受けている。すでにその当時パナマ運河の建設計画を考案していることをみても、サン=シモンの関心が主として産業と商業の諸問題に向けられていることがわかる。帰国して退役。フランス革命の恐怖政治の時期にはリュクサンブールに幽閉されたが1794年に釈放される。晩年は貧困に苦しみ、1823年自殺を企てている。
彼の諸説は後代の社会主義学説の発想をほとんど含んでいて、生前は認められなかったが、弟子のアンファンタンとバザールなどによって、〈サン=シモン主義〉と称する半ば宗教的な教説として、世界の社会思想に影響を与えた。サン=シモンの社会研究の態度は、高弟オーギュスト・コント コントに受け継がれ、実証主義社会学として結実した。

サン・シモンの詳細

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